「人の目が気になって、自由にふるまえない」という感覚を抱いたことはありますか? 今回は、そんな気持ちの根底にある「不安」との付き合い方を考えます。
地方都市で公務員として働くワカナさん(34歳)は、毎朝クローゼットの前でため息をつきます。選ぶのはいつも、目立たず「無難」なネイビーやベージュの服ばかり。スマホケースさえ、自分の好みより「変に思われないか」を基準に選んでいます。
ワカナさんは大学進学で東京に出ましたが、数年前に実家の両親を思いUターン転職しました。最近、久しぶりに上京して大学時代の友人に会った彼女は、大きな衝撃を受けます。友人はびっくりするような奇抜なファッションを楽しみ、独身生活を謳歌していました。一方の自分は、周囲からの「まだ結婚しないの?」というプレッシャーに怯え、悲壮感を漂わせながら必死に婚活に励む日々。
ワカナ「私って、どうしてこんなに不自由なんだろう。やりたいことより、どう見られるかばかり考えてる」

根底にある「不安」 脳に刻まれたメカニズム
会社の朝礼で人前に立てないのも、批判が怖くてSNSを投稿できないのも、趣味の集まりで周りの出方をうかがってしまうのも、根底にあるのは同じ悩みです。こうした「人の目が気になる」という感覚は、性格の問題だけではなく、私たちの脳に刻まれた古いメカニズムが関係しています。
こうした問題を心理学や脳科学の視点で見ると、メカニズムの根底にあるのは「不安」です。不安は、危険から身を守るために必要な感情であり、私たちの古い脳に刻み込まれた生存戦略でもあります。
野生の動物にとって、集団から浮いて仲間外れにされることは、住処や食料を失い、子孫を残せなくなる死活問題でした。つまり「周囲に合わせる」ことは、生き残るための必須条件だったのです。
しかし、文明が発達した現代において、その不安のメカニズムが過剰に暴走してはいないでしょうか。人からの評価が落ちるリスクは確かにありますが、現代では一度や二度の「浮いた行動」で命を落とすことはありません。
私たちは、古い脳が発する「嫌われたら終わりだ」という極端な感情に、少し騙されすぎているのかもしれません。
完璧でないとダメ? 自分の認知をゆさぶる
こうした「不安の暴走」を止めるためには、認知行動療法の考え方を用いて、自分の中の凝り固まった認知を揺さぶることが有効です。以下の質問を自分に投げかけてみてください。
・その人は「正当な評価者」ですか? あなたのことを批判するかもしれないその人は、あなたの人生のすべてを知っているのでしょうか。断片的な情報だけで下される評価に、そこまでの価値があるのか検討してみます。
・あなたは「完璧」でなければならないのですか? 「批判されるのが耐えられない」という思いの裏には、「自分はどこから見ても完璧でなければならない」という過度な思い込みが潜んでいないでしょうか。人間なら誰しも欠点があるのは自然なことです。
・最悪の結果を具体化してみる 「評価されなかったらどうなるか」を漠然と恐れるのではなく、具体的に書き出してみましょう。意外と「ちょっと気まずいだけ」「謝れば済む」など、対策が立てられるレベルのことだと気づくはずです。
敵を作っていた正体に気づけるかも
ワカナさんは、地元の友人との集まりで、あえて自分の好きな明るい色の服を着て行ってみました。「派手だと思われないかな」という不安が湧くたびに、「彼女たちは私の人生の全責任を負っているわけじゃない」と自分に言い聞かせました。
すると、友人の一人が「その色、元気が出るね」と言ってくれただけで、予想していたような批判は起こりませんでした。
ワカナ「勝手に『敵』を作っていたのは、自分の心だったのかもしれない……」
人からの評価を完全に無視するのは難しいことです。しかし、自分を評価する主導権を少しずつ自分の手に取り戻していくことで、心は確実に自由になります。
感情に騙されず、あなたが本当にしたいことをする日は、いつやってくるのでしょうか。
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https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887142024.html
〈臨床心理士・中島美鈴〉
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。







